ヤマイママとマメ3つ

子宮頸がん・全前置胎盤・アレルギーなど数多くのヤマイと戦うヤマイママと家族の記録

原因不明の蕁麻疹で22日間入院した話 その2【蕁麻疹】

こんばんはー(^-^)/

 

ヤマイママこと宇佐文伽です。うさみーとかササミってヘルシーやけどパサパサであんまり使わへんわ-な感じで気軽に呼んでください♪

 

兄マメの肌着のタンクトップが入れても入れても出てくる問題に頭を抱えています。妹マメも最近出てくるようになりました。なにコレ活動量のせいなの?

 

ということで(どういうこと!?)謎の蕁麻疹についての続きを書いていきます。

 

その1はコチラ

www.yamai.usatoyo.com

前回はアレルギー体質歴と初めて蕁麻疹が出たときのお話をしました。今日は入院から退院までのお話です。

 

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まさか蕁麻疹ごときがそんなに長引くなんて…

救急病院に受診したときには水分さえ吐いてしまうような状態で、熱もありました激しいお腹の痛みの波が定期的に訪れてくるのをひたすら唸りながら耐えていました。

 

あまりにその痛みが酷いため、ブスコパンという胃の動きをストップさせる薬を肩に筋肉注射してもらっていました。

 

入院1日目はこのお腹の痛みの波と戦い蕁麻疹の波と戦い、蕁麻疹が出て呼吸が苦しくなった時にはポータブルのレントゲン撮影の機械が病室のベットまでやってきました。(初体験だったので、ちょっとスゲー-‐ってなりました)

 

その他にも血液検査CT撮影、最初に受診した大阪の総合病院とも連絡をとってくださりその時の血液検査の結果も取り寄せてくれました。

 

この時取り寄せてもらった血液検査により、アレルギーの数値が異常に高いことがわかり、その他にも気になる箇所があったようで膠原病の専門の先生にも診てもらうことになります。

 

食事もとれないため絶食で、24時間点滴をしていました、栄養と水分の点滴や、蕁麻疹をおさえるためのステロイドの点滴など詳しい種類は覚えてはいませんが、常時2本ずつくらいぶら下がっていた記憶があります。

 

原因がわからないため、毎日いろいろな検査をしました。退院までに受けた検査は、血液検査、尿検査、レントゲン、CT、胃カメラ、大腸内視鏡検査、鼻から喉を内視鏡で確認、肺活量、肺機能、痰の検査など。

 

胃痛は入院4日ほどで落ち着き絶食7日で重湯から食事再開しました。蕁麻疹の出現回数も少しずつ減ってきてそろそろ退院が見えてきたかな?と思ったのですが、医師から衝撃的な事が告げられるのです。

 

 

「少なくともあと10日は退院は難しいです。」

 

 

 

工エエェェ(´д`)ェェエエ工エエエ

 

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元気に見えるのに長期入院に!ステロイド点滴の副作用

まさかの言葉にショックと驚きを隠せませんでした。

 

どうやら入院してから蕁麻疹をコントロールするために使用していたステロイドの点滴の量が相当な量だったらしく、人は外からステロイドを供給できると、体の中で作るのをやめてしまうそうです。

 

そこで、ステロイドの量を少しずつ減らして、体がまたステロイドを作るのを再開するよう少しずつコントロールしなければいけないと。

 

ステロイドの減量は、ある程度の量になると点滴から錠剤に替えることができるのですが、まず錠剤の量まで減らすのに10日以上かかるかもしれないとのことでした。

 

ステロイドの副作用として、免疫力が著しく低下する事もあり退院は見えそうで見えないものになっていました。

 

元気なのに退院できない患者になっていきます

14日もすると胃腸症状も治まってきて、ステロイドの影響でお肌の調子も体の調子もよく、蕁麻疹が出ていない時はとっても元気な患者になりました。蕁麻疹も1日2回程度まで減りました。

 

胃腸症状も特に無いのに、消化器科の先生が毎日問診に来てくれるという謎な状態に(〃▽〃)、一応聴診器をお腹に当てて毎回確認してくれるのがなんだか申し訳ない気分にさえなりました。

 

この頃には膠原病リュウマチ科の先生が薬の処方や検査の結果などを診てくださっていたのですが、詳しい血液検査の結果膠原病のひとつであるシェーグレン症候群の疑いが出てきました。

 

この病気についてはまた別の機会にお話しするかもしれませんが、結論を先に言っておくと今現在でも疑いの状態で、確定診断には至っていません。

 

膠原病の別の種類の強皮症という病気の疑いもあったのですが、首と腕の内側から皮膚を採取して検査(今でもxみたいなバッテンの形の傷跡が残っています)と血液検査などから強皮症は除外されました。

 

そんなこんなで病院に編み物セットを持ち込んだり、パソコン持ってきて貰ってipotに音楽入れたり、写真をコラージュしたりと家のように自由に過ごして長かった入院生活も22日で終わりました。

 

ステロイドの点滴は血液検査で様子を見ながら少しずつ減らして、退院時には錠剤になっていました。

 

この後錠剤をゼロまで減らすのにも、それはそれは長い時間がかかりました。

 

22日の間で長男を1回だけ連れてきて貰った事がありましたが、来た時は嬉しそうでよいのですが、帰った後やその夜が泣いて泣いて大変だったので本当に22日間ほとんど離れて過ごしていました。

 

面倒を見てくれてた私の父と母の事を今でも大好きで特にじいじには未だに抱きついて離れない時があります(そろそろ自分の大きさを理解して欲しい。じいじ潰れちゃうっ)

 

長くなってしまったので、今日はこのへんで。退院後の減薬の話や、膠原病リウマチ科外来に行った時の話とかをまたその3で書いていきます。

 

最後まで読んでくださりありがとうございます。また次回もよろしくお願いします!!

 

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原因不明の蕁麻疹で22日間入院した話 その1【蕁麻疹】

こんにちは(^-^)/

ヤマイママこと宇佐文伽です。ウサミーとかウサウサとか可愛い感じで呼んでいただけると嬉しいです。

 

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今回はヤマイ歴【原因不明の蕁麻疹で22日間の入院!からのアレルギースパイラル突入】のお話その1です。

 

夏は自分の汗で皮膚がかぶれたりアトピーが酷くなったり、温度差で蕁麻疹が出てきたりとなかなか大変な季節です。いや。大変じゃ無い季節の方が少ないんですが…

 

宇佐文伽のアレルギーの歴史

宇佐文伽のアレルギー体質がひどくなったのは、長男が1歳になってすぐのことでした。今日はその時のお話をしたいと思います。謎のアレルギーと蕁麻疹は現在も戦い中なので、現在進行系の話ですがまず最初に発病した時のお話です。

 

前幼児期からアトピー性皮膚炎はありました。それでも蕁麻疹のように突然発疹がでるような事はなかったのです。でも蕁麻疹やアレルギー体質になったのは大人になってからだったんです。

 

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突如現れた蕁麻疹。原因は乳腺炎?抗生物質?

私は小さい頃からアレルギー体質でした。卵アレルギーなんかは小学校就学前には克服して食べられるようにはなっていました。

 

他にもハウスダスト、ダニ、花粉などのアレルギーがあり、アトピー性皮膚炎に始まり、喘息やアレルギー性鼻炎に結膜炎とアレルギー系の病気はずっと治療したりお休みしたりと繰り返して大人になりました。

 

急に酷い蕁麻疹が出たのは長男が1歳になってすぐの時でした。その3日前くらいに乳腺炎っぽい症状があり抗生物質を貰って飲んでいました。

 

そして前日には大阪から名古屋まで車で行くという長時間の移動もありました。

 

さらに、うちの長男はとっても手がかかる子供でした。完全母乳で育てていましたが、授乳は頻回離乳食はほとんど食べず、もちろん夜も朝までぐっすり眠るなんて事は無く3回も4回も起きる子でした。

 

たくさんの疲れとストレスが蓄積されていたのでしょう。

 

朝シャワーを浴びてお風呂を出て乾燥肌対策で使っていた保湿クリームを塗っているとポツポツと赤い点が手足に広がってきたのです。

 

赤い点はどんどん大きくなり、点と点が繋がり地図状蕁麻疹と呼ばれる状態になりました。私は姉が蕁麻疹になった時のことを思い出し、たぶん病院に行ったら点滴になるのでこれが最後の授乳になると覚悟して長男に授乳してから主人の車で病院に行きました。

 

日曜日だったので、少し離れた大きな総合病院の救急に行くことになりました。蕁麻疹はどんどん広がり、お腹や背中へも広がっていきました。

 

病院につくとやはり点滴になり、授乳は止めた方が良いと言われました。長男は1歳と数ヶ月で強制断乳となりました。

 

1時間半ほど点滴し、蕁麻疹も少しずつ治まっていき、抗アレルギー剤を貰って帰りました。しかし、蕁麻疹は出ては治りを繰り返し夜には呼吸が苦しくなってきたので再度、夜中に同じ病院を受診しました。

 

点滴をしても繰り返す蕁麻疹だったので、外来が始まる時間までベットで横になり、外来の皮膚科を受診させてもらうことになりました。そこで血液検査とレントゲン検査を受けました。

 

そして首のところに出ていた湿疹が酷くなっていたのですが、その症状が強皮症という膠原病の1つの症状に似ているということで写真も撮られました。

 

呼吸が苦しくなった原因を探るためのレントゲンでしたが、肺や呼吸器には異常は無く、恐らく気道にまで蕁麻疹が出ているのでは?という事でした。しかし、蕁麻疹が出ている時じゃないとわからないのであくまでも予想という感じでした。

 

長期戦を覚悟。実家に緊急避難。

長引きそうな蕁麻疹に、胃腸の症状まで出てきました。強い胃の痛みが蕁麻疹のサイクルとは別のサイクルで現れました。

 

後からこの胃の痛みが治まると蕁麻疹が出てくると気づきました、最初は関連性に気づかず急激に痛くなる胃と、嘔吐が繰り返し襲ってきて蕁麻疹の痒みが襲ってきて…。とても1歳の長男を面倒見ることなど出来ず、主人にも仕事があったので実家に避難することになりました。

 

実家は車で1時間ちょっと。実家からタクシーで行ける範囲に長男を産んだ総合病院もあるので、症状が酷くなっても問題ありません。

 

最初の蕁麻疹から3日目。実家についてからも症状は変わらず、蕁麻疹と胃痛にもがき苦しみ、ついに水分を飲んでも吐くようになってしまったので、夜でしたが救急外来を受診。蕁麻疹よりも胃腸の症状が酷く脱水症状が進んでいる事から即入院!になりました。

なので、最初は担当医が皮膚科でもアレルギー科でもなく消化器科の先生でした。入院後半には胃腸症状は改善したので、消化器科の先生が毎日やってくるけど胃腸は元気という謎の患者になりました(っω・`。)


ということで、今回の“蕁麻疹で22日間入院した話その1”はここまで(^_^)v

 

今日は蕁麻疹の発症から入院までを書いてみました。ちなみに、謎の蕁麻疹は現在もハッキリとした原因はわかっておりません。なので原因については予測しかかけないのです…。

 

次回は入院から退院までを書いていきますー。
長い記事を最後まで読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします(。>ω<。)ノ

 

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横向きの親知らずを抜いた話

こんにちは!(^-^)/

ヤマイママこと宇佐文伽です。うさみーとかふーみんとか気軽に呼んで…。ふーみんはやめておこう(巨乳をイメージする世代)

今日は、昨年親知らずを抜いた話を書いていきます。最初にひとこと言わせてください!!

 

親知らずは若いうちに抜いておこう!!!ぜったいだ!

 

コレ大事なことなので、今日3回くらい言うと思う…

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ヤマイママ宇佐文伽の親知らず抜歯の歴史

私が最初に親知らずの存在で悩んだのは20代前半の事です。10数年前ですね…

親知らず周辺の歯茎が腫れてしまったため、腫れがひいてから抜歯する事になりました。この時のレントゲンで左の下顎に正常に生えた親知らずと、右の下顎に真横に生えた親知らずが写っていました。

初めて親知らずを抜くので、なんとなく抜歯という雰囲気が怖かったので、腫れが出た正常に生えている左下の親知らずだけ抜歯しました。今思うとなぜこの時に右下も抜いておかなかったのかと…。

最初の抜歯後は2日程痛み、軽く微熱も出ましたが痛みも1週間ほどで無くなった記憶があります。

問題は2本目の親知らずでした。そもそも2人目出産で3年ほど歯医者にすら行っていなかったのですが、今回別の虫歯で銀歯の横に穴が開くという緊急事態で息子が通っている歯科に初めて受診しました。

そこでもレントゲンを撮影して、親知らずも抜いた方がいいですねーなんて話をしましたが、とりあえず虫歯の治療を先に行いました。これが今年の10月の話です。

無事に穴がふさがり、次は…となった時に親知らずの隣の歯の虫歯がそこそこ大きいので気になる。まずは親知らずを抜歯しましょうかとなったのです…。

 

親知らずを抜歯した方がよいワケ

そもそも健康に親知らずが生えていれば抜歯する必要は無いという歯科医もいます。しかし親知らずは1番奥にあり、歯ブラシが届きにくいため虫歯になりやすく、横向きに生える歯と歯の隙間に歯ブラシが届かないため、虫歯になる可能性がさらに高くなります。虫歯になった親知らずは隣の歯にも虫歯を広げる原因になります。

横向きに親知らずが生えてしまうと歯並びにも影響します。私も親知らずが生える前は比較的キレイな歯並びだったのですが、横向きに生えた親知らずに押されて前歯の歯並びが悪くなりました。

1度悪くなった歯並びは親知らずを抜いても治りません。何度も言いますが親知らずはぜったい若いうちに抜いた方がよいです!!!

 

ヤマイママのは“なんばっし”

今回の親知らずは横向きに生えている為、難抜歯(なんばっし)と呼ばれ1度歯を器具で分割してから何回かに分けて抜いていきます。

抜歯当日は麻酔が切れるまで2時間くらい飲食禁止だったので、朝食を遅めにとって10時半に歯科に行きました。

いつもはそこそこ混雑しているのですが、難抜歯だから予約を調整していたのか誰も居なくて逆に怖かったです

まずは麻酔をかけて5分くらい待ちました。この時もうすでに帰りたい気持ちでいっぱいです。抜歯は10分ほどで完了しました。歯を分割する作業がドリルの振動が凄くて、脳にガンガン衝撃が来る感じで結構つらかったです。

横向きの親知らずなので、歯茎に歯根が埋もれている状態だったので、歯茎を2箇所くらい切って歯を分割したみたいです。切った所は黒い糸で縫ってありました。抜歯は1週間後。

痛み止めのロキソニンを3回分(6錠)もらって、お会計は3500円くらいでした。

帰宅途中はまだ麻酔がきいていたのですが、帰宅後にジワジワと痛みが襲ってきました。麻酔が切れたら飲食可能と聞いていましたが、とても食事をとるきにはなれず。止血のためのガーゼをもらっていたのですが、それを噛んでいる方が血の味が広がらなくて楽でした。

でも、私何かを噛んでいるという行為が苦手なようで、すぐにオエってなってしまうんです。でも噛んでいたい。自分の中で見えない敵と戦っておりました。強くうがいすると血の塊がとれて、痛みが続きやすくなると言われたのでおちおちうがいもできず…。さらに食欲減退です。

夜にウィダーインゼリーとゼリーを少し食べて、それ以外はひたすら横になっていました。保冷剤は良くないらしいのですが、子供が熱を出した時用の柔らかいアイスノンと、保冷剤を交互に好感して抜歯24時間後くらいまで冷やしながら過ごしました

翌日も痛みは引かず、子供たちを主人に連れ出してもらい、ひたすら横になりました。夕方に気分転換にお買い物に行くほどには回復しましたが、買ったものもレトルトのおかゆとスープ、プリンなど噛まずに食べられる物を2日分くらい。

体は健康なのでお腹がすきます。でも抜歯後が痛い。お腹すく。痛い。みたいな戦いを繰り返し、おかゆとウィダーインゼリーで3日ほど暮らしました。なんとか柔らかいご飯とおかずの一部を食べられるようになりましたが、食欲はあまりありません。これは痩せる!と期待したほどです

 

抜歯から1週間後の“ばついと”から痛みがひくまで

1週間後の“ばついと”。受付のお姉さんが抜歯のことを“ばついと”と言うのが気になって気になって…。抜歯と抜糸の読み方が同じだから言い方をかえているんですね。初めて聞く響きに主人にも「今日ばついとだよ」と謎なアピールをしていました。

抜糸は痛くないと思っていたのですが、1箇所引っかかっていたところがあったのか、引っ張られるような強い痛みがあり、自然と涙がでました。普通はスッと抜けるんだと思う。歯科医師さんも何回も誤ってくれました。

まだ痛みがマシにならない事を相談し、抗生物質と痛み止めを3日分追加でもらい、炎症の具合を見るため4日後に来てくださいとのことで、予約を入れて帰りました。

4日後にはやっとマシかな?レベルまで痛みがひいてきました。痛み止めを飲まずにすごせるようになるまで抜歯から10日くらいかかりました。炎症も起こっていないので経過も良好でした。

 

抜歯後2週間で謎の顎の痛みが

抜歯の痛みもやっと落ち着いてきたかな。と思った2週間くらいたった時。急に抜歯をした方のアゴがピキーーーーン!と一瞬だけ凄く痛むという事が続きました。縫ったところが突っ張っているのかな?しばらく硬いもの噛んでないからアゴがおかしくなったのかな?と心配しましたが、この痛みも1週間ほどで消えました。謎です。

抜歯後3週間でやっと痛みも無く、食事の時くらいしか気にならなくなりました。食後はとにかく食べたものが詰まるので、すごく気になります。毎回うがいしたり、お茶ですすいだり。

若いうちに抜いておけばこんなに痛みが長引くことはなかったんだろうか?としみじみしてしまう親知らず抜歯体験でした。

 

親知らずは若いうちに抜いとけ!

今回私は親知らずを約10年放置しました。歯科医には「若いから大丈夫よ~」と言われましたが微妙な気持ちになりました。

親知らずは長年放置すると、固くなり、アゴの骨と一体化していくそうです。つまり抜歯のダメージがどんどん上がっていくという事で、生えたばかりの柔らかい時に抜くのと、頑丈になった時に抜くのでは天と地ほど差があると思います。

ダメージが大きいほど回復にも時間がかかります。さらに私は親知らずが虫歯になった事で他の歯にも広がり、生えた向きが悪かったせいで歯並びまで悪くなりました。

親知らずを残しておいて良いことなんて1つもなかったのです。なのでもし、まだ親知らずを放置している人には声を大にして言いたい!!!

 

親知らずは若いうちに抜いとこ!!

 

若くなくても少しでも早い方が良いと思います。先延ばしにすればするほどその親知らずは頑丈に…。

抜歯の時に用意しておくと良いものリスト

今回抜歯の時にいろいろ苦労したので、あってよかったものをリストにしておきます。

・ウィダーインゼリー5個くらい(3個じゃ足りなかった)

・おかゆやスープのレトルト(作ってくれる人がいない時はレトルトが便利!)

・柔らかい小さ目のアイスノン少なくても3個(すぐに冷たく無くなるので!)

・プリンやゼリー(甘いものを食べると少し幸せになれた)

・2日くらい寝込んでも良い環境(翌日仕事とか絶対無理だった)

・普段から使用している痛み止めがあれば追加で購入しておく(歯科で貰った痛み止めでは足りなかった!)

食べ物ばっかりで食いしん坊かっ!!って言われそうなんですが、1番困ったのが食べる事だったんですよ。最近はレトルトのおかゆも美味しくなってますね。レトルトのスープも種類が増えていて、大きめの具も柔らかく煮てあるので翌日には食べる事ができました。

冷やすことについては駄目という人と良いという人がいますが、私は冷やさないと耐えられませんでした。抜歯後24時間は冷やしても大丈夫というのをどこかで見たので、楽になりたくて気にせず冷やしていました。

とにかく抜歯後2日間は休んだ方が良いなと思いました。週末に合わせて抜歯するのが良いかも。私も土曜日に抜歯して日曜日、月曜日と2日間寝込みました。若い人はもっと回復が早いんだろうか…。


こんな感じで、すごく長くなってしまいましたが私の親知らず抜歯体験でした。ホント親知らずは早く抜いとくべきでした。みなさんもお気をつけ下さい。

 

長い記事を最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回は蕁麻疹で入院した話を書いて行こうかと思います。次回もよろしくお願いします(ノ´▽`*)b☆

 

二人目不妊だった話

こんばんは(^∇^)ノヤマイママこと宇佐文伽です。

うさみーとかささみーとかテキトウに呼んで下さいね/(・x・)\

 

今日は子宮頸がんの手術の後、3年も子供が出来なかった話です。手術との因果関係はわかりませんが担当医はストレスがかかちゃったのかな?と言っておりました。

確かに当時そうでしたわー。と思い出しながら書いて行きたいと思います。

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2人目不妊ではないかという疑いの始まり

子宮頸がんの術後から、どうも生理の様子が変わりました。だらだら長く続くようになったのです。

術後1年位たって、そろそろ真面目に2人目が欲しいなと思いましたがなかなかできませんでした。毎月生理が来た時はとても憂鬱になりました。

子宮頸がんの定期検診の時に、担当医にその事を相談しました。そして血液検査をすることになりました。

ただ、この血液検査は時期がとても重要で、排卵から約1週間後の黄体期に合うように計算して、血液検査を受けました。

血液検査の結果、プロゲステロンという黄体ホルモンが異常に少ない事が分かりました。妊娠に必要な数値が10だとすると1くらいしかなかったんです。

それにより、生理も長引きダラダラ続くようになっていたようでした。この日から「当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)」という漢方と、毎朝基礎体温をつけるように指導があり、毎日基礎体温をつけるようになりました。

漢方薬は2カ月続けましたが、味が苦手なのと効果も感じられなかったので中止しました。基礎体温は妊娠するまで続けていました。

 

担当医に不妊治療専門の病院をススメられたけど。

基礎体温のグラフもギザギザして綺麗な2層別れておらず、漢方薬も効果を感じられず半年ほどたった頃でしょうか。2回目の黄体ホルモンの検査を受け、やはり結果が良くなかったのです。

不妊治療専門の病院を受診する事をススメられました。担当医は子宮頸がんの手術を担当してくれた医師でもあったので、2人目を希望するならば、万が一再発の事を考えて早めの方が良いと言ってくれていました。

大阪の難波にある有名な不妊治療専門の病院に、担当医の元上司が勤務しているのでそこも候補にあがったのですが、どうも本格的な不妊治療には踏み切れませんでした。

金銭的な面でも気になりましたし、タイミングで駄目だったら2人目はもう諦めようかなという気持ちがありました。なので紹介状をもらわず基礎体温だけ続けて約2年経ちました。

 

思い詰める事をやめたら…

たまたま不正出血で近くの不妊治療もやっている婦人科を受診した時に、基礎体温グラフも持参して相談した事もありまいしたが、その時は基礎体温の表と内診やエコーを見ながら「妊娠できる状態だと思いますよ」と言って貰えたので、その時にはだいぶ回復していたのかな?と思います。

 

念願の第2子妊娠

長男を産んでから5年。その間に蕁麻疹で入院と、子宮頸がんで入院と2回入院していて、黄体ホルモンが足りない。不妊だと言われて約3年。タイミングでやっと第2子を授かる事ができました。

今思えば、この娠した時の前月の基礎体温グラフはかなりギザギザも少なく、2層に近い状態でした。長男と長女は6歳も歳が離れてしまいましたが、離れている事で良いこともたくさんあります。3年くらい離れて欲しいなーなんて思っていんですが、授かっただけで感謝感謝ですね。

 

妊娠の為に私がしたこと

妊娠の為に努力した事といえば、基礎体温をつける事と仕事をセーブした事。あとは冷え取りの靴下(シルクと綿の重ね履き)を履くようになった事でしょうか。料理が苦手なので食べ物まで気をつけたりはしていなかったです。

やっぱり1番の原因はストレスだったんじゃないかな?と思います。当時は絶望的に合わない社員とのゴタゴタや会社ぐるみで裁判にまでなったりして、いやぁ。ストレスマックスでした。今でもトラウマ的に名前とか場所とか避けてます。なので仕事をセーブしたのが1番効果があったかなと思います。

 

ストレスが1番の敵だった!?

また、2人目不妊って事自体もストレスになってしまっていたと思う。毎月生理にガッカリしたり、少し遅れたらフライングで妊娠検査薬試してまたガッカリしたり。あと半年も続いていたら鬱になっていたんではなか?と思います。

妊娠、出産して、基礎体温はつけなくなってしまったんですがPMS(生理前症候群)が気になってきたのでまたつけようかなーと少しだけ思っています。きっと切羽詰まるまでやらないんだろうな|ω・`)

そしてこの2人目妊娠がまた長い長いヤマイ歴のはじまりなのでした…。それはまた別の機会にお話しますね。

 

子宮頸がん円錐切除術後でも妊娠出産は可能!

以上が私の2人目不妊だった時のお話でした。自然な妊娠を希望していたので、特に真面目に治療していたわけではないのですが、子宮頸がんからの不妊→出産という珍しい流れなので記事に残しておきます。

もちろん同じような子宮頸がん円錐切除術を受けた人でも普通に妊娠して出産している人がたくさんいますので、子宮頸がんで今悩んでいる人も気にしないで下さいね。もし術後おかしいな?と思ったらなんでも医師に相談した方が良いですよ。

 

今回も長い長い記事を最後まで読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします!

 

次は1度書いたのに消えてしまった親知らずを抜いた話かな。蕁麻疹の話かな。また見に来て下されば嬉しいです。

 

長男出産の話【胎児心拍低下 母体緊急搬送】

2人目不妊の話の前に長男出産の話

ヤマイママこと宇佐文伽です。

さてっ!次は子宮頸がん手術の後の2人目不妊の話を書こうかな?と思っていたのですが、まず長男の事書かなきゃ。と思ったので先に長男出産時の“胎児心拍低下 母体緊急搬送”から長男出産の話まで書いて行きたいと思いまっす。

 

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ちょっと安静はあったけど、順調だった長男の妊婦生活は突然終わった。

 

長男はもう小学生なので、私が最初に妊娠したのはもう6年以上前ですね。仕事も妊娠がわかってすぐ出勤日数を減らして貰えたのでお気楽な妊婦生活でした。

 

つわりも食べづわりだったので、吐いてしんどいという事もなく、8ヵ月くらいにちょっと張りが頻繁だったので張り止めの錠剤(ウテメリン)をもらったくらいでとても元気な妊婦でした。

 

あとはちょっと体重がオーバーしそうで体重管理の判子が押された事はありましたね。 本当に大変だったのはそれぐらいで、順調だったんですよ。でも出産って本当に何があるかわかりませんね。

 

事件は36週の検診で起こりました

36週の妊婦健診でした。問診が終わって、エコーしましょうとベットに横になり、主人も一緒にエコーの画面をのぞきました。

 

すると、いつものように角度をかえながらエコーを操作していた先生が急にあせりだしたんです。

 

バタバタと看護師さんが呼ばれ、点滴のルートを確保され、お腹には張り止めでしょうか?何かテープが貼られ、ちゃんの心拍が低下していると伝えられました。

 

あれよあれよと母体搬送。搬送先では困惑される

 

モニターでは、画面の下でハートマークが点滅しながら横に60くらいの数字が点滅しています。ちゃんは心拍が速いので、これの倍はないと危ないらしいです。

 

個人病院だったのですが、その日は先生が1人しかおらず、緊急帝王切開できないという事で緊急母体搬送が決まりました

 

何がなんだかわからないけれど、赤ちゃんが危ないという事だけはわかりました。すごく怖くて体がサーーーーッと冷えていきました。実際に震えが止まらなくなったりもしました。

 

看護師さんと主人に声をかけられても耳に入らず、呆然となっている感じをまだ覚えています。

 

ベットのまま救急車を待ちます。とても長い時間に感じます。到着した救急隊の人と先生でベットを移り、救急車に乗りました。救急車に乗るのはこれが初めてでした。

 

人生初の救急車体験

 

救急車があんなに揺れるものだとは思いませんでした。結構ガタガタするので大丈夫なのか?とちょっと冷静になりました。

 

20分ほどで総合病院に到着。救急を担当してくれる先生に、付き添って来てくれた看護師さんが説明をします。

 

ただ、心拍低下時の状況がエコーの映像しか残っていなくてNST(赤ちゃんの心拍を記録する機械)など紙のグラフでわかるようなデータが無く、到着時の胎児の心拍は通常に戻っていたので、担当の医師は少し困ったような感じでした。

 

逆に私の心拍下がって、慌ててベットの頭が下げられまてお腹のシールと点滴が取られました(ω |||)

 

心拍は戻っているし、早産になりそうな張りもないので、ナースステーション横の部屋でNSTを常時つけて様子を見ることになりました。

 

NSTの機械を1晩つけっぱなしは大変だけど安心できた

 

妊婦の方は経験あるとおもいますこのNST(ノンストレステスト)という機械なのですが、お腹に拳くらいの大きさの丸い器具をベルトで固定して、胎児の心拍やお腹の張りをチェックする機械で、コレをつけている時はあまり動いてはいけません。

 

つまり、常時NSTという事は、トイレの時もナースコールを押し、寝返りでベルトがズレたらアラームが鳴って看護師さんは来るし…。とりあえず大変です。

 

でも、心拍低下で搬送だったので、お腹の赤ちゃんの心音が聞こえる事がすごく安心できました。

 

結局長男の心拍低下の理由はわからず…。大変だった常時NSTも回数が減っていき、2泊3日の入院で退院する事になりました。3日後にまた予約をして、実家でゆっくりすごしました。

 

退院したものの…。病院行ったり来たり。

 

3日後の検診も問題無く、長男は元気に動いていました。この3日間どれほど怖かったか…。NSTの心拍の音で心底ホッとしました。

 

連休があったため、次は6日後という予約をしてまた実家でゆっくり過ごしていました。

 

が。その2日後の早朝にトイレに目覚めて用を足した後に、なんだか自分の意志で出たモノではない感じでチョロチョロっと何かが出たんです

 

あれ?と思い、個人病院で羊水を判別できるリトマス試験紙のような短冊状の紙をもらっていたので、その紙でチェックすると色がかわりました…。(色が変わると破水しているとわかる用紙でした)

 

すぐに病院に電話して受診。内診した先生もやはり高位破水とのことでした。

 

高位破水とは通常の破水とは違い、赤ちゃんを包んでいる羊膜の上の方で少し穴が空いて羊水が漏れ出してしまった状態で、量は多くなかったのですが、感染のリスクがあるため、48時間以内に出産に繋がらなければ陣痛促進剤で出産になりますと説明がありました。

 

そこからはなんとか陣痛が早く来るように、とりあえず運動してました。病院の階段を昇り降りしたり、とりあえずうろうろウロウロ…

 

努力もむなしく陣痛促進剤へ…

 

残念ながら陣痛はこず…3日後の朝から促進剤の点滴を開始して8時間後に出産しました。

 

陣痛が痛すぎて、「お産の進みが遅いので、促進剤の量を増やします」と言われた時に「もう無理ーーー。もうやめるーーー。」と言ったそうです。 本人まっっっっったく覚えてません!!

 

辛かったのは陣痛までで、子宮口が開いて分娩台に登れるとなったら急に冷静になって、そこからはスムーズに産むことができました。

 

いろいろあって大変だった出産でしたが、初めてのあかちゃんはもう…なんとも言えない可愛さで、離れるだけでなんだか心がソワソワしました。

 

産後は母子ともに順調に回復&成長し、7日間の入院で退院、20日程実家でゆっくりさせてもらって家に帰りました。

 

そんな長男がもう小学生ですからね。ちょっとアレルギーっぽいとこは似ていますが、優しい良い子に育ってくれています。 たぶん…最近色々あって自信ないです(´pωq`)小学生男子はなかなか難しいお年頃…

 

案ずるより産むが易し!?(産む前が大変やったがな)

 

以上が長男出産で1回目に救急車に乗った話でした。最初の個人病院でその日に先生が2人居たら長男は帝王切開で生まれていましたね。

 

ほんとうになんだったんでしょう。「自分でへその緒を握ってしまって、苦しくなって離したのかなぁー」なんて先生と話していました。

 

いつ何があるかわからない妊娠生活です。早めに入院セットを作っておくと安心ですね。少なくとも旦那さんにわかるように場所を固めておくのが良いと思います。

 

男の人って、化粧水とか乳液とか必要ってわからないですからね。洗顔石鹸と体洗う石鹸が違うとかね(つω-`。)

 

備えあれば憂いなし!!!!!!妊婦さんは楽しいマタニティライフを満喫して下さいね♪ 今日も長い記事を最後まで呼んでいただきありがとうございます。

 

次回は子宮頸がん術後数年間2人目不妊だった話を書こうと思います。よかったらまたみに来て下さいね♪

 

 

 

子宮頸がん体験‐術後の話‐

お久ぶりですヤマイママこと宇佐文伽(うさみー)です。

 

今回は、子宮頸がん円錐切除術の退院から次の検診までの術後のお話です。

 

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これまでの検診~手術までのお話はこちら

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子宮頸がん手術翌日から退院まで

入院3日目。 麻酔もきれていたので、足のマッサージの機械と尿管の違和感で落ち着かず、ほとんど寝れずでした。夜中に一度点滴が詰まって「ピーピー」と機械音が鳴り響いてドキドキしました。

血液の逆流で詰まったようで。薬を注入されて無事に点滴再開。ホッ

朝の検温、血圧は異常なし。ベットを起こす事ができるようになったので、起こしてベットのまま歯磨きをさせてもいました。なんだか不思議な気分。

 

7時30分位に朝食。少し頭痛を感じ始めます。ゆっくり食べていると、看護師さんが「担当医の外来の前に止血のガーゼを抜きます」と声がかかりました。 足のマッサージの機械と尿管を外してもらい、歩いて処置室まで行く事に。尿管を外すのが少し怖かったのですが、痛みもそんなになくすぐに抜けたのでホッしました。

 

そして術後初めて立ち上がります。まだフラフラ。そして酷い頭痛が襲ってきました。

 

術後の処置について

 

何とか処置室に到着。肌寒い診察台に座って待機…内心「先生早く来てー」と願っていました。

 

先生が来て、ガーゼを抜きつつ出血のチェック。ガーゼを抜くのがなかなかの大変でした。出血もほとんどないので、乾いたガーゼをガサゴソ出される感じです。

 

ちょっと苦痛だったのですが、主治医のくしゃみが止まらなくなるというハプニングで、笑ってるうちに全部取れました。先生のおちゃめな所に救われました(笑)

 

出血がほとんど無かった事に驚きました。レーザーで焼き切っているので、火傷のような状態になり、透明の黄色っぽい液体が出てる状態でいつもよりさらさらしたおりものや、出血があると思うので驚かないでねとの事でした。

 

術後の経過も良く、退院の許可もでたのですが、とにかく頭痛が凄くて病室に帰るのもやっと…。朝食の途中だったのもどうでも良いくらい酷い頭痛。コレにはホントまいりました。

 

点滴の管も外して貰い、着替えも済ませて主人に迎えに来て貰います。 退院後の生活の説明に看護師さんがきました。

術後の注意事項

・入浴は主治医の許可が出るまで避ける。

・夫婦生活も主治医の許可が出るまで避ける

・生理2日目以上の出血が続く時は病院に電話する。

・頭痛がでるひともいるので仕事は3日くらい休んだ方が良い。

・出血があるので、貧血ぎみの人は鉄分の多い食事を心がける。 こんな感じの説明の用紙と二週間後の予約表をもらいました。

 

無事に退院!?頭痛との戦いの始まり

お昼前に主人と母と息子も一緒に迎えに来てくれたので、とにかく頭痛が酷くて動けないので母に片付けてもらい、車イスで出口までお会計窓口まで連れて行ってもらいました。

 

結構お金かかるのかな?と思ったら、意外と少なくてビックリしました。高額医療費制度の用紙も準備していましたが、必要ありませんでした。

 

しばらくは安静にした方がよいだろうって事で、実家に帰りました。術後の痛みは無いのにひたすら頭痛…。寝てるとまだましで起き上がるともうガンガンして動けない感じでした。

 

調べてみると、脊椎麻酔の影響っぽくて薬も聞かないので、水分をたくさんとって寝てるしか無いという事でした。

 

結局頭痛が治るのに1週間…長い戦いでした

 

酷い頭痛は、ましになったのが3日後。治ったのは退院から6日後くらいでした。起き上がれないので、ご飯もベットで食べてました。

 

出血は退院の翌日は少し。2日後に増えたのですが、生理予定もあったので生理かな?と思いました。でも翌日も出血は増えないし。少しずつずっと出血みたいな感じでした。

 

退院して4日間は実家にいましたが、旦那さんのお休みに家に帰りました。退院から一週間は頭痛もあったので家事もサボり気味にゆっくり過ごしました。

 

頭痛は個人差があるみたいで、嫌だから全身麻酔にしてもらう人もいるそうです。私もこの手術の後にも麻酔することがあったのですが、その時は脊椎麻酔と悩みましたが、全身麻酔にしてもらいました。

 

子宮頸がん 退院から2週間後の検診

退院後2週間の受診は病理検査結果の事もあったので、主人も一緒に来てもらいました。

 

術後の経過の話や、出血が少し増えた後にダラダラ続いてる事を話したので、内診で見てもらって「子宮内の層が薄くなっているので生理がきたんでしょう」とのことでした。

 

術後の傷跡の回復も順調との事で内診は終了。

 

個室で病理検査の結果を聞きます。もう何度か言ってますが、細胞診クラスⅣで、コルポ(細胞診)では癌は見つからずでしたが

 

結果は“0期の上皮内癌”でした。

 

切除部分に癌は見つからず、取りきれているという事だったので本当に早めに手術して良かったと思いました。

 

後は、出血が止まったら入浴や子作りも可能などの許可をいただきました。

 

術後のスケジュールについて

 

術後は、3ヵ月後に子宮頸がん検診を受けます。2回くらい3ヵ月おきに受診して、あとは半年に1回になりました。最近は普通になって1年に1回くらいで行っています。

 

以上が退院の日から術後の話でした。

私の場合、発見が早かったので手術もスムーズでしたし、術後の妊娠でも子宮口が短くなったことで入り口を縛る手術をしたりはしませんでした。しなかったというか…できなかったのですが…全前置胎盤だったので(これはまた別のお話で(汗))

 

何よりも早期発見が1番ですので、みなさんも年に1回…少なくても2年に1回は検診を受けて欲しいなと切に願います。

 

今日も長い記事を最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

次回のヤマイ歴記事は、この子宮頸がん手術の後、なかなか2人目を授かる事ができなかったお話でも書こうと思います。

 

ではまた!次回もよろしくお願いします(^^)

子宮頸がん体験-手術について(円錐切除術)-

今回は子宮頸がん細胞診察、組織診(コルポ診)で手術が必要と判断された場合の“子宮頸がん円錐切除術”について書きます。

 

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体験談1・体験談2の記事はこちら

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子宮頸がん円錐切除術とは?

子宮頸がん円錐切除術とは、子宮頸部(子宮の入り口)のがん組織またはがん化しそうな組織がある場所を、その名の通り円錐状に切り取る手術です。切り取った細胞の切断面を病理検査することで、がんが取り切れたかどうかを判断する事ができます。

 

わたしの場合、細胞診でクラスⅤの結果が出て、組織診(コルポ診)を行い、その結果では高度異形成のみでした。

 

しかし今後がん化する可能性がある為、円錐切除術をおこなう事が決まりました。手術は私の体調不良が重なり1度延期したので、コルポ診の結果を聞いてから1ヵ月後に行いました。

 

■病理検査の結果

結論から言うと、病理検査の結果では0期の上皮内癌でした。コルポ診では高度異形成だったので驚きましたが、切断面にがん細胞は見つからなかった(がん化した細胞は取り切れている)との事だったのでホッとしました。

 

■子宮頸がん円錐切除術。入院から手術当日の流れ

注意:汚い話や切り取った組織の話が出てきます。苦手な人は読まないよう注意して下さい。

 

入院1日目

私は2泊3日の入院でした。手術前日の10時頃~入院。その日は問診や検温、血圧を定期的に測るくらいで特に検査とかもありません。(術前検査は術日を決める日に受けてます)

 

翌日の手術の為に、この日から点滴のルートを確保されました。あと、バーコードのついたバンドを手首にまかれました。喘息があるということで、薬のチェックが凄く細かかったです

 

手術の日に必要な「フリーパンツ」というマジックテープで着脱できる、産褥パンツのような物を購入しに売店に行って、お茶して過ごしました。翌日の麻酔や、点滴の説明に麻酔技師さんや薬剤師さんが来て詳しく説明して、質問はないですか?と聞いてくれました。

 

翌日手術と言うことで、21時以降絶食絶飲。そんな感じで入院1日目終了。

 

2日目。手術の日

朝の6時頃。検温、採血、血圧、問診等。術着に着替えて、血栓防止の医療用圧着ソックスをはきました。メディキュットという着圧ソックスを持っていますが、医療用はかなり窮屈です1人で履くのはなかなか大変です。

 

そして浣腸……。私は初めてだったので、これががなかなか辛かったです。腸カメラを飲んだ時に下剤は経験していたのですがまた違う辛さがありますね。トイレから帰れないかとおもいました(汚くてすません。)

 

手術は14時からなのに、朝からぐったりしてしまいました。13時頃に家族も到着。水分の点滴も繋がってました。13時50分頃には先生も来て、いよいよ手術室のある病棟まで徒歩で移動。

 

手術室前の準備室みたいなところで、手首のバンドと名前や生年月日を確認され、手術室に持って行くもの(喘息の吸入)等の確認、メガネを預けて、徒歩で手術室へ入りました。

 

いよいよ手術開始

大きな手術室がいくつもあって、何だかドラマみたいでした(笑)

 

手術台に乗り、準備(心電図の機械がつけられ、術着を脱がされつつ暖かい風が出てくる布団をかけられました。)が進みます。

 

下半身麻酔(脊椎麻酔)の為、体を横向きに。かなり体を曲げて、印をつけたり、消毒×2回。母に痛いぞと脅されてましたが、確かにかなり痛かったです。刺すときも、麻酔液がビリビリと入っていく感じが何ともいえず、うめき声がでました。

 

麻酔がどこまで効いたかチェックするために、アイスノンを下から順番に当てられます。大体胸のところくらいまで、冷たく感じませんでした。足とかはもうまったく何をされているのかもわからず、すごいなぁとか思いながら。キョロキョロしたりとずっと落ち着きませんでした。

 

担当医の先生が「○時○分、○○さんの円錐切除術を開始します。」の合図で手術がスタート。「カウント開始してー」とでっかいデジタル時計が動き始めました。

 

右腕には、1分おきに血圧を自動で測る機械が取り付けられていました。これがまた、1分おきに膨らんだりするんで落ち着かない!緊張やら何やらでとても寒くて、暖かい空気の出てくるを肩の方までしっかりかけてもらいました。

 

下半身麻酔なので意識はとてもハッキリしていましたが、胸のあたりに布で壁が作ってあって、手術のところは見えませんでした。

トラブル発生!?

どうやらトラブル?らしく、レーザーメスが動かないようで看護師さんも先生もなにやら奮闘してました。そうなんです。そんなところまで全部聞こえちゃうんです。逆に怖いよ下半身麻酔…。

 

スゴイ不安になりました。なにやら機械が「ピーーーーー」と音がなるだけで、なかなか動きださない感じで、ドキドキしました。数分後には何とか機動したみたいで、切除が開始されたみたいなのですが下半身はまったく感覚が無いので、音で「あぁ切っているんだなぁ」って感じがするだけでした。

 

なんとか手術は始まって…

他に印象に残っているのは匂いでした。こげたような匂いがしました。レーザーメスで焼き切ってるからですね。たぶん機械が動き出してものの10分くらいで切り取れたんだと思います。先生が「切り取れましたよー。見ますか?」と言ってきたので、私は見ました。見ない人が多いのかな?そんな感じの言い方でした。

 

切り取ったものは赤黒い2~3センチくらいの塊でした。一応最初の検査でクラスⅤが出ているということで、深めに切ったそうです。この塊は家族にも確認の為、見せるらしく看護師さんが外に持っていってました。

止血をして無事に手術終了

レーザーメスで焼き切っているので止血等もガーゼを入れるだけで、切り終わったらすぐに手術は終了しました。下半身麻酔の為、尿道に管が入ってました。血栓防止用にポンプで足をマッサージする機械もついてました。

 

時計を確認すると、だいたい手術室に入って1時間くらいだったかな。機械が早く動いたらもっと短かったのかも。

 

ベットのまま病室へ移動

ベッドのまま手術室を出ます。それから最初に名前などを確認した部屋で手術用のベットから病室のベットに移動され、術着を着せてもらいました。下半身はまだ、まったく感覚が無いので、とても不思議な感じでした。採尿の管や、ポンプが動いてるのもまったくわかりませんでした。

 

抗生物質の点滴を追加され、術後5時間後まではまだ絶食絶飲でした。話は出来たのですが、やはりとってもくたびれていたのでうつらうつらしていました。というのも、看護師さんが1時間おきに検温と血圧を測りに来たり、またアイスノンを当ててどこまで麻酔が覚めたかを見にきます。

 

なので途切れ途切れで寝てました。14時からの手術で、病室に戻ったのが15時半頃だったかな。それから20時くらいにはだいぶ感覚も戻ってきていました。戻ってきらたきたで不快感が増大していきました。

 

基本は絶対安静。術後の流れ

21時頃にやっと水分摂取の許可が出たのでお茶飲みました。まだ起き上がっては駄目という事で、寝ながら飲みました。空腹でしたが、時間が時間なだけに夕食は抜きかな?と思っていたのですが、看護師さんが晩御飯を持ってきてくれたので喜んで食べました。これも寝ながら。しっかり完食!空腹も満たされ、寝たいのですが色々気になって寝れません。

 

尿道に管を入れられるという経験も始めてで、不快感が半端なかったです。ずっと残尿管がある感じでした(汚くてすいません)。足のポンプも気になるし、足が何だかむずむずするような感じで、時々足を曲げたり伸ばしたりと一晩中格闘してました。検温と血圧や点滴の交換などだいたい1時間おきくらいに看護師さんも来て、ぜんぜん寝れませんでした。

手術の痛みについて

麻酔が切れた後も、痛みはほとんどありませんでした。鈍痛がある方もいるみたいなのですが私はほとんどなかったかなぁ。生理痛の軽い版みたいなのがちょこっとあったくらいです。思ってたより全然怖くなかったですし、麻酔がちょっと痛かったですが、手術時間も思ったより短く感じました。

 

私はかなり軟弱な部類なので、普通の人ならもっと平気かもしれません。

 

まとめと1番大切なこと

以上が入院当日から翌日の手術とその後の流れでした。病院や術式によってもぜんぜん違うと思うので、気になる事があったら医師や看護師さんにしっかり確認しましょうね。不安な事があるとそれだけで病気も入院生活も苦しいものになります。

 

医師や看護師さんはプロですから、今までもたくさんの同じ病気の人を見ているはずです。経験からも医学的知識からも、不安を取り除いてくれるはずです。もし、きちんと説明してくれないような病院の時は思い切って転院した方が良いと思います。

 

今日もすっかり長くなってしまいましたね(ノ_<)長い記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

次回は退院から術後の話を書きたいと思います。また読んでいただけたら嬉しいです(*≧∪≦)